家族、身内についてどのように話しますか?

Pocket

お知らせしたいことが多く、なかなか徒然なるままに書けておりません。今日は気になったことをひとつ。

10月2日、Facebookの私のページ でこのようなことを書きました。10月2日宗次ホールにおいて、夫・植村がリサイタル後の感想です。

身内のことを公に褒めるって、日本であまり 美徳とされないのでここで公開するのはお恥ずかしいですが。

書きながら、きっとこれ書いたら変に思う人いるだろうな~と思ったのも、事実です。日本の感覚を肌で知っているから。なので、最後言い訳のように、「私はドイツに9年住んだ韓国人なので」と、無理やりに締めくくっています。

ドイツで、色んな 面において日本で見てきた価値観が違うことがあるなと思いましたが、その一つに「身内の捉え方」がありました。ほうほう、娘 息子のこと、他人にそういう風に話すんだ。親のことそういう風に人に言うんだ。とか。日本で生まれ育った 私は 何から何まで 聞いていて面白かった。(多分変なところで反応するなと、思われてたと思います)

ドイツは幼少期から 「個人」を大切にするので、親子であっても意見の相違は当たり前。あなたがどう思うのか、を尊重する。

ちょっと逸れますが。

ある親子は アイスクリームを買う時、娘は 環境を気にして コーンを頼み、お母さんは アイスクリームのカップよりももっと重要な 環境問題の方を私は心配している。と、カップで頼んでいました。(ちなみに、そのお母さんはペットボトルは持たないようでした)

なんか、ちょっと面白い。

小さいことを言えば 「そういう」小違和感はいっぱい出会いました。

親子関係は最大の愛情で繋がっていて、大切な存在であることは (西欧全般だと思いますが)見ていて気持ちいいくらい。でも一方で、家族であっても 自分に属し、所有するわけでなく、あくまで個人。

例えば。会話の中で、子供の事を話すとき、こういう感じでした。
「こないだ息子が〇〇歌劇場に受かって、これから試用期間なんだ。人間的にはきっと大丈夫だと思うんだけど。人に優しいし、いい奴なんだよ~」って 心配そうに、チェロ弾きのクリストフが話す。 日本で聞くと、どこか 少し 他人のようであり、でも精いっぱい彼を尊重している感じがする。

謙遜とか、へりくだる、感じがない。

「こないだ娘の学校で劇の催し物があって。娘が主役を務めたんだけど、すっごく良かった~️ 彼女そういうのすごく才能あるんだよね~」
とかとか。

親子といえど、まだ学生・子供であっても、一人の人間としてみている。「所属人」ではない。そう感じました。

でもここは日本

「社長」であっても、他人様に伝える時には、○○は今はずしております。と、敬称略でいうことが、日本の常識。本人に向かっては、お辞儀をし、まさか敬称略で呼びかけることはなくても!

少し疑問が沸いても、それに従います。

 

しかし。結婚したらいきなり身内となり、 いやいや、めっそうもない。とへり下るのも、変なものです。

良いものは、良い。 発展すべきところは お互いに発展していきたいと思います。
結婚したとしても、夫は 尊敬するヴァイオリニストの うちの一人であることは変わらないし こういうスタイル 貫いていくと思います。

ご迷惑をかけない程度に、図々しく生きても きっと、良いかなと。

 

10月2日、宗次ホールにいらっしゃってくださった皆様、本当にありがとうございました。

 

by
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA